〜 sweet orange 〜
『今日も新幹線をご利用いただきありがとうございます。
この電車はひかり号、東京行きです。途中の停車駅は、京都、米原…』
ほんの少し焦る気持ちと、でもきっと大丈夫という気持ち。
複雑な面持ちで、沙織は車窓から動き出した景色を眺めていた。
平日。
今午前9時を少しまわったところ。
本来なら、仕事が始まった時間だ。
今、朝礼中かな。
そんなことをぼんやり考えながら、これから向かう東京のことを思う。
沙織は大阪本町にある会社のOLだ。
月曜から金曜日まで、朝9時から午後5時まで。
事務員として働くOL。
そこそこ名前の知れた、安定した会社。
ランチタイムには同僚たちと食事に出かけ、金曜日のアフター5…なんて表現はもう古いか?!
とにかく、仕事がはねた後には、友人達と食事や飲み会、カラオケなどを楽しむ、何の変哲も無い、極普通の…
なんて人がいるのかどうかはこの際考えないとして、極普通のOL。
ただ一つ。
恋人が『有名人』ということを除いては。。。。。。
ことの発端は昨日親友の小百合からきたメールだった。
『ケガしたんやって?大丈夫?!』
あわてて送ってきてくれたであろうそのメールは、たった一文だった。
沙織にはなんのことだかさっぱりわからなかった。
自分は怪我どころかぴんぴんしてたし、丁度会社の同僚の送別会で、カラオケの最中だったのだ。
そのメールが少し気になったりもしたけど、同僚が歌ってるさなか、携帯をいじるのも気が引けるし、
かといって部屋を抜け出すタイミングも計れない。
沙織は、「後で返事すればいっか。」と、若干の不安を追いやって、送別会に専念する(?)ことにしたのだ。
結局、「もう一件。」「次はここ」と、3次会までひっぱられ、解放されたのは午前0時。
これでも翌日仕事のある平日だから、早く終わったほうなのだ。
これが金曜日だったら3時までコースは免れない。
もちろん、人付き合いの悪くないほうである沙織にとっては、苦ではないのだが、
親友小百合からのメールがあったから、少し気もそぞろだったことは否めない。
本当は…。
少し検討がついていた。
『ケガした?』
と、聞かれて、自分が元気だったら、あと思い当たる人は【彼】しかいないのだ。