〜 4 〜
『まもなく、東京です。JR各線はそれぞれお乗換えです――――。』
どうやら眠っていたらしい。
大丈夫と何度自分に言い聞かせても、やはり心配だった沙織は昨夜あまり眠れていなかったのだ。
東京。
久しぶりの東京。
彼の住む、東京。
狙った時間まで少しゆとりがあったので、SHOPに立ち寄った。
トカイだなぁ…なんて思ってもみるけど、沙織自身2大都市の大阪で勤めているので、
売っているものなどはなんら変わりない。
ただ、なんとなくオシャレに感じてしまうのは、『首都・東京』ということからだろう。
ふと入った店でいい香りがした。
オレンジ。。。かな?
香りの元を探るとそこにはほのかにやさしい光を灯すランプとアロマのエッセンシャルオイルがあった。
ふふふ。いい香り。
そのエッセンシャルオイルを手にとって眺めていると、店員さんが近づいてくる。
『ただいまの香りはスィートオレンジです。柑橘系は皆さんお好きな香りですよね。
その中でもオレンジは、柔らかい香りで心も身体も温めてくれる効果があるんですよ。』
そっかぁ〜。
いいかも♪
沙織は邪魔にならないサイズのランプとスィートオレンジのエッセンシャルオイルを買ってから劇場に向かった。
楽屋口で名前を告げると、中に通してくれた。
彼の楽屋は奥のほうにあって、2幕も開いた上演中なので楽屋が並んだその廊下はひっそりとしていた。
マネージャーさんに挨拶をして、楽屋に通してもらう。
『終演後まで戻らないですから、自由にしててください』
ふふふ、相変わらず。
ここ数年、といっても、彼とはそんなに長い付き合いじゃないから昔のことはわからないけど、相変わらずの楽屋。
そこそこ整頓されていて、私には読んでみても何のことだかイマイチわからない車の雑誌が置いていて、
座りなれた茶色の座椅子。
加湿器、ギター。
差し入れされた品物や、飲みかけのコーラ。
ただ、違うもの。
それはテーピング。
ふいに涙が出そうになった。
なんでだろ。
きっと、それは彼が一人で戦ってる姿が見えたから。
誰にも弱音を吐かず、痛いとも言わず、ただ、淡々と。
いつも通りの準備に一つ加わった、テーピングを巻くという準備。
いつもなら大きい背中が、少しだけ小さくなって、霞んで見えるようだった。
大丈夫。
だって、こうやって今も幕は開いている。
ダイジョウブ。。。
気を紛らわすかのように、先ほど買ったアロマランプとエッセンシャルオイルを取り出してみる。
一つあいたコンセントを拝借して…。
えっと、オイルをたらせばいいのよね、普通に。
そして、スイッチon。
そんなに広くない楽屋に、オレンジの優しい香りが広がった。
あぁ、いい香り。
これで、あったまるといいな。
楽屋のモニターのスイッチを入れてみる。
そろそろ舞台も終わりそうだ。
驚くかな。
怒られるかな。
でも、来たことは後悔してないぞっっ。
と、なんだかちょっとだけ不安になったその心を勇気付けながら、
スタンディングオベーションとなっているのであろう拍手の音をモニターから聞く。
しばらくすると廊下がざわざわしてきた。
あ〜緊張するっっ。
心配だっって気持ちだけでここまで来てしまったけど、本当に邪魔じゃない?
なんか、「空気読めよこのオンナ」とか思われへん?
などと、心の中でぶつぶつ言っていると、急に扉が開いた。
と、同時に…………。
閉じた!!
っっっ。
あっ。
怒った?!
と、心配したと、同時に…………。
また、開いた。
今度はちょっと照れ笑いの彼がいた。
あ―――――――――。
好き。
やっぱり好き。
この人のことが好き!
急にそんなわかりきっていたはずの思いがこみ上げてきて、思わずまたまた涙が出そうになった。
右手の親指のテーピングを見て、更に泣けてきた。
けど。。。。。
ここはグッとガマン!!
絶対に涙は見せないと決めてきたから。
「そんなうっとおしいオンナ、イランねんっっ!」と自分に言い聞かせる。
彼は開口一番
『良い匂い〜。』
と、くにょっとなったかわいい笑顔でそう言った。
私は出かけた涙を無理やり引っ込め、それでも気付かれてない自信はたっぷりで
『やろ〜?!オレンジやで〜。心と身体をあっためてくれるんやって。寒い季節やし、良いかと思って。』
と自慢げに笑ってやった。
ら、不意に、ふと、大きな影に包まれて、気付くと彼の腕の中にすっぽりとはまっていた。
彼は抱きしめたまま、顔を見ないで、くぐもった声で一言ボソッと
『ありがとな』
と、言うとそのままシャワー室に消えていった。
来て…。良かった?
ありがとうって。言ってくれた。
ありがとうって言ってくれて、ありがとう。
ちょっと自身が持てたよ、自分に。。。。